Special Feature | 探究スペシャルコンテンツ

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西原小学校

街の笑顔を増やす「スマイルアッププロジェクト」。目に見えない“思い”や“願い”に迫る6年生の探究学習

渋谷区立西原小学校では、子どもたちが地域に笑顔を増やす探究学習「スマイルアッププロジェクト」に取り組んでいます。このプロジェクトでは、単なる情報収集に留まらず、地域の「目に見えない思い」にまで迫る深い学びへと発展しています。

子どもたちは街頭インタビューや地域の方々との対話を通して、自ら課題を見つけ、解決策を創造する喜びを感じるとともに、思考ツールも活用しながら情報を分析し、最終的には商店街の活性化を目指す「デジタルガイドブック」の構想も生まれています。そんな西原小学校の挑戦と、試行錯誤を重ねてきた中で見えてきた手応えについて児童と担当の先生に伺っていきます。

自分で考え、行動する楽しさが探究学習の魅力

最初に、探究学習を進めている児童の亀井さんに、印象に残っていることや学びにつながっていることについてお聞きしました。

6年生の亀井さん

探究学習のどんな体験、活動が探究の役に立ちましたか?率直な感想を教えてください。

亀井
普段の授業とはちょっと違っていて、自由に取り組めるところが面白いです。特に印象に残っているのは、街頭インタビューに出かけたときの体験です。街の人に直接話を聞くなんて普段はほとんどないので、最初はとても緊張しました。でも、自分たちで質問内容を考えたり、実際にお話を聞いたりするなかで、とても貴重な経験ができたと思います。そして、グループでお互いの意見を出し合って、それを一つの形にまとめていく過程も、すごく学びになりました。

クラスで話し合っている時間が楽しくて、意見がぶつかることがあっても、「こういうふうに変えてみたらどう?」など、よりよくするためのやり取りができていると思います。

今後はどのように探究学習を進めていきたいですか?

亀井

今後は地域のお祭りにも参加してみたいと思っています。自分たちの力でお祭りを盛り上げながら、地域の人たちにも喜んでもらえるようなことができたらと考えています。

地域に笑顔を増やす「スマイルアッププロジェクト」の挑戦

続いては、6年生の探究「シブヤ未来科」を担当する佐々木先生に、テーマ設定や探究プロセスで心がけていることや工夫している点について話を聞きました。

佐々木先生 6年生の探究「シブヤ未来科」を担当

今年度の探究テーマを設定するうえで、どういった点を問題意識として捉えましたか?

佐々木

今年度の探究テーマは「地域」で、これは学校全体で学年ごとに設定しています。例えば、3年生は「地域と安全」、4年生は「地域と福祉・人権」、5年生は「地域と環境」、そして6年生が再び「地域と未来」というテーマで取り組むようになっています。学年ごとの具体的な活動内容は自由度が高いのが特徴で、6年生に関しては「地域にどう貢献できるか」という視点を大切にしています。こうしたなかで、今回の取り組みでは「スマイルアッププロジェクト」と名づけ、「地域に笑顔を増やす」という目標を立てました。

笑顔を増やすには、まず地域をよく知ることが大切なので、現在は地域の魅力を見つけるところから始めています。夏休み明けからは、地域が抱える課題に目を向けて、それを踏まえながら自分たちに何ができるかを子どもたち自身が考えられるような学びにつなげていく予定です。

プロジェクトの進行体制について教えてください。

佐々木
基本的には、学年全体で同じ「地域」というテーマをもとに探究を進めていますが、クラスごとの個性や特色が少しずつ表れていると感じていますね。地域をより深く知るために全クラス共通で行ったインタビューでも、お米屋さんや駄菓子屋さん、保育園の元園長先生など、話を聞きたい相手の選び方にもクラスごとに違いが出てきました。

また、地域と連携していく際には、学校で開催される地域の方々が集まる会で相談したり、日頃から学校とつながりのある地域の方に直接依頼したりすることもあります。らに、PTAの中でも地域に詳しい方や顔の利く方に声をかけて、紹介していただくこともあります。このように、子どもたちが地域について実感を持って学べるような環境づくりを大切にしています。

子どもたち自身の“気づき”から生まれた新たな情報収集の方法

スマイルアッププロジェクトの「課題の設定」で意識したことや先生による働きかけで工夫したことがあればお聞かせください。

佐々木
昨年度、私は3年生の担任をしていて、同じように地域の魅力を探る取り組みをしていました。そこでは、目に見えるようなモノやコトなど、表面的な魅力が多く出てきたんです。それをあえて示したうえで、「3年生と同じようなことをしては、6年生として物足りないよね。どう深めていこうか?」という問いかけから、探究の問いを立て始めました。そこから子どもたち自身が、「目に見えない思いや願い、努力に目を向けた方がいいじゃないか」と気づき、テーマ設定も人々の思いに迫るという方向にシフトしていきました。

私自身は「なんでそう考えたの?」「どうしてそうなるの?」と問いかけることをすごく大切にしています。そうすることで、子どもたちが自分の考えを見つめ直し、さらに深めていけるようになるからです。グループ活動では、子どもたちの得意・不得意が自然に補い合える場になると思うんです。

考えるのが得意じゃなくても、まとめるのがうまい子もいれば、とにかくたくさんアイデアを出せる子もいる。それぞれの力が活かせるような関わりが生まれるのがいいなと思っています。また、グループで考える時間だけではなく、個人でじっくり考える時間の両方を設けるようにしていますね。

街頭インタビューからどのように情報収集していきましたか?

佐々木
街頭インタビューについては、子どもたちにぜひ一度体験させたいという思いがありました。普段の生活ではなかなか見知らぬ人に声をかけて話を聞くという機会はないため、それ自体が貴重な学びになると考えて、情報収集の一環として取り入れました。

私も実際に街頭インタビューの場に同行したんですが、子どもの力はすごいなとあらためて感じました。子どもたちには、「たぶん3人に声をかけたら2人には断られると思うよ」と事前に伝えていたんですが、予想以上に多くの方が話を聞いてくださったんです。前もって、町会長さんや商店街の会長さんには連絡をしておいたのですが、本当に地域の皆さんが温かく迎えてくださって、積極的にインタビューに応えていただいたのが印象的でした。

ただ実際にやってみて、やはりそれだけでは地域の「深い魅力」までは探れないという課題が見えてきたんです。そこで、次のステップとして新たな情報収集の方法を考えることになりました。その際も、私たち教師が何かを提案したわけではなく、子どもたち自身が、「もっと地域のことを知るためにはどうすればいいか」を考えていきました。

そこから、地域の方々をゲストとして学校にお招きし、直接話を聞くという新たなアプローチが生まれました。これは、子どもたち自身の“気付き”から始まった、とても良い流れだったと思います。

整理・分析で活用するツールは必要に応じて最適なものを選ぶ

「整理・分析」して子どもたちの考えや学びを深めていくアプローチで意識した点を教えてください。

佐々木
今回はテキストマイニング*や、Canvaのマジック分析、マジックグラフといった新しいツールを取り入れ、実際に活用してもらいました。また、KJ法については事前に練習もしていて、こちらはしっかりと分析に活かすことができました。でも、子どもたちは新しいツールに興味を持って、「やってみたい!」と自分から主体的に取り組んでいましたね。

とはいえ、これらの分析手法は一度で使いこなせるものではなく、継続的に積み上げていくことが大事だと感じています。本来であれば、6年生には「このデータにはこの手法が合う」といった選択判断ができるようになってほしいと思っているのですが、現時点ではまだそこまでには至っていないというのが現状です。

これまでの総合的な学習では、「課題設定」や「情報収集」「まとめ」という流れはあっても、「整理・分析」という視点が明確ではなかったんです。それが今回初めて「整理・分析」というフェーズをしっかり設けたことで、「収集した情報をどう考察するか」といった新しい見方が入ってきました。最初は子どもたちも「何をすればいいの?」とかなり戸惑っていましたが、少しずつ自分なりに分析の面白さを感じるようになってきて、今では「整理・分析の時間が楽しい」と言う子も出てきました。

ただ調べて終わりではなく、そこから自分の意見や考えを見出していくことが求められるので、それが他教科とのつながりにもなっていて、学びがより深まっているように感じます。分析の感覚に慣れてきたことで、自分の視点で物事を見て整理できる子も、確実に増えてきています。

*大量の文章データをコンピューターで解析し、よく使われる言葉や表現の傾向、関係性などを見つけ出す手法

子供たちがツールを使いこなせるようになるために、先生からどのような働きかけを行いましたか?

佐々木
渋谷区では探究基礎という枠組みがあるため、その中で、こちら側から教えないと使い方や活用の仕方が身につかない思考ツールについては、簡単な例題を通して子どもたちに練習してもらうようにしています。

例えばKJ法*については、デジタル付箋を使って「好きな飲み物を1人1つ書いてみよう」といったワークを実施しました。子どもたちが付箋に色々と書き出した後、それを子どもたち自身が「炭酸系」「紅茶系」「爽やか系」などにグループ化したことで、自然と分析の感覚をつかめるようになるわけですね。

こういった身近なテーマでツールの使い方に慣れておくことで、本番の探究学習ではクラゲチャートやピラミッドチャートなど、他の思考ツールを使う際にもスムーズに活かせるようにしています。

分析に使うツールは、あらかじめ決めているというよりも、活動の中で「この作業をするにはどんな手法やツールがいいだろう?」と必要に応じて都度探すケースが多いですね。インタビューを実施した際も、どのように整理・分析していくかを学年で話し合っていて、最終的にテキストマイニングの決まり、さらに教師間で「グラフ化するならCanvaにこういう機能がある」などのように情報共有していく流れでした。
*アイデアや意見を紙や付箋に書き出し、それらを意味の近いもの同士でグループ化しながら整理・分析する方法

「誰にどう伝えるか」。子どもたちが主体的に考える表現手段

探究サイクルの「まとめ・表現」で取り組んでいきたいことがあれば教えてください。

佐々木
まだ実現できるかは分からない段階ですが、情報だけを並べたよくあるガイドブックとは違って、今回は「思い」や「願い」といった人の気持ちにスポットを当てた「デジタルガイドブック」を作ろうという構想があります。一例を挙げると、学校の近くに人気のカレー屋さんがあるんですが、そのお店の名前をクリックすると、店主の熱い思いを語る動画や音声が流れるといった仕掛けを考えています。こうしたアプローチはすごく面白いし、魅力が伝わるんじゃないかと教師の間では出ています。

まだ子どもたちとは具体的に話し合っていませんが、これからさらに探究学習を進めていくうちに、「誰かに伝えたい」という気持ちが自然と湧いてくるはずなので、そのタイミングで「まとめ・表現」の仕方を問いたいと思っていますね。

ポスターだと少しありきたりなので、「誰にどう伝えるか」という視点から、子どもたちが発信手段を考えるなかで、デジタルガイドブックのような形が出てきたらいいなと期待しています。

もちろん、権利関係や肖像権の問題もあるため、公開の方法についても慎重に検討していく必要があるでしょう。ただ、今回の探究学習は最終的に「商店街のために自分たちに何ができるか」というのをゴールにしたいので、公開の方法も含めて模索しながら取り組んでいきたいと考えています。

持続的な探究サイクルが生む学習意欲の変化

探究学習を通して、子どもたちの発言や視点で変わった点はありますか?

佐々木
探究学習は意外と自由度が高いことに、子どもたち自身も気づいてきたようです。「この人に話を聞きたい」と言えば学校に呼ぶことができるし、「インタビューに行きたい」と言えば校外に出て行ける。そうやって、自分たちの「やりたい!」を形にできる教科なんだという実感を持てるようになってきていると思います。

実際のところ、「好きな教科は?」と聞いたときに「総合」と答える子どもが少しずつ増えてきました。これまでは、あまり聞かれなかった答えなので、変化を感じていますし、子どもたちが生き生きと活動している様子も強く感じますね。

その一方で、私自身も探究学習を教える際に、最初は何をすればいいか全く分からずに不安でした。だからこそ、校内研究のテーマも「探究」に設定しました。私が研究主任になった一昨年、ちょうど探究「シブヤ未来科」が導入されるタイミングだったこともあり、手探りで始めるなら、校内研究として本気で取り組もうと他の先生たちと話し合い、思い切ってチャレンジしてみました。

そして、2年目を迎えてみて思うのは、探究サイクルを1周させるだけはなく、2周3周と繰り返すことが当たり前になってきたという点です。新しい課題が次々に出てきて、それを探究サイクルを通して学びを深めていく。このような意識を持てるようになったのが、教員側の成長だと感じていますね。