「答えのない問い」に挑む。 企業連携による探究学習で考え た新しいまちづくり
渋谷区内のすべての公立小中学校では、24年度より全国初の探究「シブヤ未来科」の取り組みがスタートしました。渋谷区立原宿外苑中学校では、学年や学級で共通のテーマを設定し、その課題解決に向けて仲間と協働しながら探究する「テーマ探究」や、子どもたち自身が自分の好きなことや社会・地域の課題から問いを立てて探究する「My探究」に力を入れています。
その一環として、25年5月から全4回にわたり、電動マイクロモビリティの「LUUP」とともに「新しいモビリティによる新しいまちづくり」をテーマにした探究学習を行いました。
今回はテーマ探究に取り組んだ三宅彩瑛(ミヤケサエ)市川脊宇(イチカワセウ)さん、アリソン太生(タオ)さんと、2年生の学年主任を務める大森みゆきさんに話を聞きました。まずは今回のプロジェクト発表で、クラスの代表に選ばれたグループの中から、3名の生徒たちに探究学習を受けた感想や学んだことを伺っていきます。
真剣に考えた未来のモビリティ。
答えがないテーマに向き合う
難しさと面白さ
企業連携による全4回の探究学習を受けてみての率直な感想を教えてください。
三宅彩瑛(以下、三宅)
これまでの授業では、「今あるものをどう活かすか」というのが多かったのに対して、「未来のことを考える」ことができたのはすごく新鮮でしたし、とても楽しく感じました。今回の探究を通して、自分の想像になかった技術やアイデアに触れられたのは良かったですね。今あるものを生かすことはもちろん大切ですが、どういう課題があるのかを見据えて、それに対して新しいものを創り出すことの面白さや重要性を学びました。
市川脊宇(以下、市川)
原宿外苑中学校は企業の方が学校に来て授業をしてくださる機会が結構あるのですが、今回の探究テーマはかなり自由度が高かったと思います。だからこそ、私にとっても難しさを感じる部分がありました。特に新しい商品を考えたりアイデアを出したりするのに苦労しましたね。最初はなかなか思いつかなかったんですが、「自分だったらどんなことをやってみたいか」と自分の立場に置き換えて考えてみたら、アイデアが出てくるようになりました。
アリソン太生(以下、アリソン)
僕たちは「原宿の交通渋滞を解決したい」という思いからディスカッションを始めました。さまざまなアイデアが出ましたが、未来のモビリティを想像する中で最初に思い浮かんだのが“空飛ぶ車”でした。ただ、実現するには費用の問題や、今のモビリティの課題をどう改善するかといった点も考えなければならず、とても難しかったです。また、ターゲットとなる年齢層を決めるところも大変でしたね。
市川
私の班は、原宿外苑の周りはゴミがとても多いなと感じたので、それを減らすにはどうすればいいかを考えていきました。
三宅
私たちはあえて「人混み」の方に注目して、それをどう改善できるかをテーマにしました。特に竹下通りとかは人混みが多くて前に進めず、すごく歩きづらいんですよ。原宿外苑エリアという身近な地域の話だからこそ、「どうすれば人混みをなくせるか」という考えを大切にしていました。
従来の授業とは異なる今回の探究学習で学んだことを教えてください。
三宅
将来、学校を卒業して社会に出たときに関わる可能性のあるモビリティ関連の企業と接点を持てるのはとても貴重だと感じました。学生のうちだけでなく、大人になってからも役立つ学びだったと思っています。
市川
普段の授業だけでは学べないような知識や、企業からの直接的なアドバイスをいただけたことは、すごくよい経験になりました。
アリソン
僕たちの意見を企業の方々が実際に聞いてくれて、それを参考にしようとしてくれるのがすごく嬉しかったですね。そのうえで、企業の取り組みについても教えてもらうことで、企業への興味がさらに湧いて、将来その分野に関わる仕事に就きたいなと思うきっかけにもなりました。
三宅
最初の質問でも言ったように、私は「今あるものを生かす」という部分を深く考えられたのが、一番やりがいを感じたポイントでした。班のメンバーと意見を出し合っていくなかで、例えばあらかじめ目的地を決めて、そこで降りてもらうゲートのようなものを作りました。空中移動することで歩道の人混みを減らせると考えたんです。また、地上にはクレーンゲームのようなモビリティを置き、地下には歩道を残すことで、いろいろな人に対応したまちをつくるというのを意識していました。
発表時は、企業の方から「具体的にまとまっていて非常に良かった」とフィードバックをもらえ、自分の考えが伝わった気がして嬉しかったですね。
市川
私たちの班は発表の順番が最後だったため、普通に文章だけ伝えるスタイルだと、聞いている人も集中力が続かなくなると思って、劇のような形で発表を行いました。台本のセリフや誰がどの役をやるかといったキャラクター設定などもチーム全体で考えていきました。実は当日に休んでしまった人がいたんですが、その代わりに入ってくれた子もぴったりの役を演じてくれて、本当に良かったと思います。
良かったら発表のアイデアについても詳しくお聞きしたいです。
市川
みんなが出したモビリティのアイデアを「商品化したらどんな形になるか」をイメージし、今ある電動スクーターに機能を付け足す形で考えました。電動スクーターはゴミ拾い用のトングと袋が付けられていて、街中のゴミを拾いながら移動できるようになっています。さらに、拾ったゴミの量や種類をアプリと連携させて、ポイントがたまる仕組みも考えました。
私自身ゲームが好きなので、自分に置き換えたときに「これなら外に出てやってみたい」と思えるような要素を入れました。ゲームが好きで家にこもりがちな人でも、外に出て楽しくゴミ拾いができるようになれば、自然と街もきれいになるなと考えました。
アリソン
ビルの屋上に狭い感覚でヘリポートをおき、自分の行きたいところへピンポイントで移動できたらいいなと思い、空飛ぶクルマのアイデアを発表しました。
続いては大森先生に、企業と連携した探究学習に取り組んだ経緯や今後の展望についてお聞きしていきます。
学校として、なぜ「新しいモビリティによる新しいまちづくり」という探究テーマに取り組んだのでしょうか?
大森
昨年度は1年生で「地域調べ」の学習に取り組みました。渋谷という地域をより深く知るために、自分たちで調査テーマを設定し、各班6〜7人のグループに分かれ、夏休みを活用して現地で取材を行いました。その結果をまとめ、渋谷の魅力を発信するために「渋街ック天国」というタイトルで舞台発表も行ったのです。
この取り組みがベースとなり、2年生の総合的な学習では「誰もが輝ける街について考えよう」というテーマを新たに掲げ、より深い学びへと発展させていくことになりました。そんななか、年度初めに渋谷区内の探究コーディネーターから、企業とコラボレーションする探究学習のご案内をいくつかいただき、その中で特に目に留まったのが「LUUPを活用して新しい街づくりを考える」というテーマでした。
「課題の設定」→「情報の収集」→「整理・分析」→「まとめ・表現」という探究プロセスに沿って、プロジェクトの流れを説明していただければと思います。
大森
まず、企業側から提示された課題としては、現在の活用方法の可能性や、利用者の幅を広げるための工夫という点を考えることでした。そこで、事前に私と企業との間で話し合いを重ね、課題の方向性を確認したうえでプロジェクトに臨みました。
当日は全体で体育館に集まり、個人で考えたアイデアを「こういう使い方はどうだろう?」といった形でそれぞれが発表する形で進めていきました。
その後、原宿エリアで新しいモビリティをどのように設計できるかを考え、さらにはどの層をターゲットにするかについて深掘りしていきました。そして、そのモビリティが実際に導入されたことで、「未来の街がどのように変化していくか」を想像しながら、情報収集やアイデアの整理を行いました。
実際には企業の担当者に3学級にそれぞれ入っていただき、「非現実的なものではなく、できるだけ実現可能なモビリティを考えてみよう」というアドバイスのもと、生徒たちが思考を深めていきました。
生徒たちがまず注目したのは、原宿外苑という地域の特性でした。日常生活の中で感じている交通の不便さや坂道の多さ、騒音、ゴミの散乱といった身近な課題が挙げられました。特にゴミに関しては、年に3回全校で地域清掃を行っていることもあり、生徒たちにとって非常に身近で深刻な問題として取り上げられていました。
そうしたフィールドワークを通じて、「自分たちが日々体感している地域課題をもとに、どのように解決できるか」を考えるところからスタートし、その解決手段として「新しいモビリティを創造する」という条件のもと、生徒たちはアイデアを出していきました。
具体的にはどのようなアイデアが出てきて、それを整理・分析していったのでしょうか?
大森
最初は空を飛ぶクルマやスイッチを入れると自動で動き出すローラースケート、球体に乗って瞬間移動する乗り物など、自由な発想がたくさん生まれました。「あのクラスではこんな意見が出ていたよ」といった情報を共有したり、「それ面白いね!」とお互いの意見に共感を示したりすることで、アイデアの幅もさらに広がっていきました。
その一方で、「これはさすがに難しいんじゃないかな?」とか「開発や運用にかかるコストのことや安全面はどうなの?」といった現実的な視点も出てくるようになり、そうした問いかけが新たなアイデアを生むきっかけにもなりました。
企業の方々も生徒たちの発言を否定することなく、前向きに受け止めてアドバイスをいただいたことで、生徒たちも自然と笑顔を見せ、最後は和やかな雰囲気でまとめることができました。
プロジェクトの成果を発表する際はどういった形式で行いましたか?
大森
班ごとにテーマを定め、そこからアイデアをまとめて発表の準備を進めていきました。発表については、基本的にパワーポイントを用いて行いましたが、発表の仕方には個人差があり、スライドをそのまま読むだけのグループもあれば、モニターに映っている内容を指しながら、具体的な説明をするグループもありました。
なかには、資料や試作品などを用意して、本格的にプレゼンテーションしている様子も見られるなど、とても印象的でした。
また、発表の時間は3時間目と4時間目にとったのですが、3時間目には各クラスごとにグループの発表を行いました。その中で、クラスを代表する班を選ぶために、全員で投票を行いました。投票の際には、「発表の工夫」「チームワーク」「聞きやすさ」といった観点を審査基準として、総合的に評価をしました。
最終的には各クラスから選出された3班が、企業担当者の前で行う全体発表へと進みました。また、ちょうどその時期に地方自治体の教育委員会の方々が学校を訪れていたこともあり、そのタイミングに合わせて全体発表を実施しました。生徒たちには、「いろいろな人がいる前で発表する機会はとても貴重だよ」と伝えていたことで、発表をとても楽しみにしていましたね。
全体を通して、「新しいモビリティによる新しいまちづくり」の探究学習を実施した際の感想や気づきがあれば教えてください。
大森
生徒たちにとっては、新しいものを自分たちで考え、試行錯誤しながら形にしていく過程自体が、とても楽しい体験だったと思います。これまで1年生の時も、企業との連携によるプログラムを体験してきましたが、基本的にはあくまで「用意されたものを体験する」という受け身の要素が強く、そこで思考が止まってしまうことも少なくありませんでした。
しかし、今回は新たに企業連携の機会が設けられたことで、生徒たち自身が新しいモビリティを考案し、それに対して企業の方がアドバイスをしてくださるという、実社会とつながった学びの場が生まれました。生徒たちが、学校の先生以外の“大人”と関わることで得られる「学び」や「気づき」も非常に大きかったと感じています。
探究の取り組みを通して、生徒たちの発言や視点で変わった点はありましたか?
大森
企業連携による全4回の探究学習を終えた後、生徒たちと振り返りを行いました。その中では、「新しいモビリティを想像することで、将来の暮らしがより便利になったり、障がいのある方との生活の差をなくすことができるかもしれないと思った」「実際に考えたモビリティが本当に実現したらいいなと感じた」といった前向きな感想が多く寄せられました。
また、この学習をきっかけに「家に帰ってから親と、どんなことができるかを一緒に話し合うことができた」といった声や、「原宿外苑の地域を見直してみると、思っていた以上にさまざまな課題があることがわかった」「考えれば考えるほど、アイデアは無限に広がることに気づいた」といった意見もあり、生徒たちの視野が広がっていることがうかがえました。
今後の展望として、この取り組みをどのように発展させていきたいとお考えですか?
大森
本校には、進路指導部の中に探究専門に考える部署があり、学年ごとに年間のテーマを設定しています。私が学年主任を務める2年生の今年度のテーマは「新しい街づくり」で、日頃からグループワークの重要性を強く感じているため、これからも日常の学校生活の中で積極的に取り入れていきたいと考えています。今後の展望としては、10月下旬にまた新たな企画を考えています。今回は「共生社会」をキーワードに、「全ての人が輝く社会を作るには」というテーマで、企業との連携を視野に入れて進める予定です。
今年の6月には、生徒会が企画・運営を担った「原リンピック」というパラスポーツを軸とした行事を実施しました。このイベントのテーマは「共生」で、誰もが参加しやすく、楽しめる内容を目指したもので、モビリティからさらに発展し、障がいのある方や高齢者を含め、さまざまな立場の人が安心して暮らせる社会・街をつくるにはどうすればいいか、という視点で探究学習を実施できればと思っています。