学校内外を巻き込んでいく探究学習が「社会と教育の接点」をつくる。探究コーディネーターが描く新しい学びのあり方
渋谷区立笹塚中学校の探究コーディネーターとして、学校全体の探究学習を推進している根岸先生。アプリを活用した「問いバンク」や大学生を招いた「探究活動のサポート」など、ユニークな取り組みを行っています。
今回は根岸先生に探究テーマの探し方や探究的な学びの作り方、地域連携や企業連携で意識することについて話を聞きました。
今年は「全員でやる」ことを探究の軸に据えている
まずは担当されている学年・教科とご役職について教えてください。
私は現在、1年3組の担任をしており、担当教科は国語です。昨年度は通常学級ではなく、笹塚中学校の不登校対策クラスの立ち上げに関わり配属されました。そこでは、一人ひとりの進路や興味関心に応じた個別最適な学びを重視し、自分の「好き」に特化して努力する生徒たちの姿を間近で見ることができました。
その経験から、「好きなことを突き詰める学びの価値」に気づかされるなど、大変貴重な一年となりました。そして今年から通常学級に異動となり、昨年度学んだ探究の知見を本格的に実践に移そうと、学校全体での探究活動を推進する「探究コーディネーター」を務めることになったのです。
私自身、川崎で7年間教員として勤務し、その前には民間企業で3年間働いていたのですが、当初から「社会との接点を持ちながら教育に関わりたい」という思いを持っていました。そんななかで、渋谷区に異動した際にたまたま出会ったのが「探究」でした。
探究の良さは、学校だけで生徒を育てるのではなく、企業や地域などさまざまな外部の力を取り入れて子どもたちを育てていくところにあります。その考え方が、自分の教育観ととても合っていると感じました。
もともと、教員として社会を語る以上、自分自身が社会経験をしていないと説得力に欠けるという思いがあり、父の姿も参考にしながら、まずは会社で3年間働くと決めていました。だからこそ、探究での企業との連携は必要不可欠だと考えています。教員の負担も軽減できますし、生徒にとってもリアルな社会とつながりながら学べることは大きな価値だと思っています。
今年度取り組んでいる探究テーマはどのようなものでしょうか?
実は昨年、学校全体での探究の取り組みがうまくいかず、生徒たち自身が「探究とは何か」を理解しきれずに一年が終わってしまったという反省がありました。なので、今年度から全員で探究に取り組むという意識統一を行い、学校全体で本腰を入れていくことになりました。子どもと大人が一緒になって、探究を軸にすることを最も大切に進めているところです。
管理職からも、「単に好きなことをやるだけでは学びにはつながらない」という視点がありました。そこで、最終的に他者や社会への貢献につながることを探究の軸に据えることにしました。
探究コーディネーターとして意識していることは何かありますか?
探究の「共通テーマ」については、各学年の学びの流れに合わせて設定されているので、私は授業そのものには直接は関わっていません。その一方で、「探究基礎」は、生徒たちが探究を進めていくための土台となる力を育てる時間です。ここでは、私が25〜30本程度の取り組み案を作成し、それを各クラスで実施してもらっています。また、企業の方を招いてインタビューの方法やプレゼンテーションのコツなど、実践的なスキルを学べる講座を開いたりと、外部の力も活用しています。
そして9月からは、「My探究」が本格的に始まります。ここでは、1〜3年生の枠を超えて学年混合のゼミ形式を採用しようと準備中です。学年は問わずに自分の興味関心に応じたゼミに生徒が所属し、各ゼミに担当の教員がつくイメージです。
自分の「好き」なテーマを見つけて、同じ関心を持つ仲間と出会い、学び合う。
人数やテーマの多様性があるほど、マッチする仲間が見つかりやすく、結果として学びも深まるだろうと考えています。そうした出会いやつながりを意識した取り組みを進めているところです。
さらに今年度の締めくくりとして、1月に校内で「探究フェス」を開催します。このイベントは、生徒たちの1年間の探究活動の成果を自由な形で発表する文化祭のようなイベントです。生徒たち自身が、自分たちの学びを最も適切に表現できる方法を考え、プレゼンテーションやポスター・作品の展示、体験型ブースなど、多種多様な形式で発表を行い、これまでの学びの集大成の場を用意しています。
現在、探究学習はどのように進めているのでしょうか?
今年度から探究で試している取り組みが2つあります。1つ目は「問いバンク」という仕組みです。これは、学びの中で生徒たちが感じた「なんで?」という疑問をそのまま流してしまわず、ちゃんと記録して残せるようにするためのものです。生徒が疑問に思ったときにパソコンを立ち上げて、専用の入力フォームに記入して「問いを貯める場所」をネット上に設けました。
現状は記入している生徒とそうでない生徒がいますが、この仕組みが後の課題設定につながるきっかけになると考えています。「問いバンク」を活用すれば、自分の中に蓄積されていく問いを一覧で見られるようになるので、そこから自分がどういう関心があるのか、どんな問いが多いのかなど、自分自身の傾向を振り返る材料としても活かすことができます。
2つ目は、渋谷区で導入されている「Inspire High」というアプリの活用です。これは、探究のサイクルを一通り体験できる動画コンテンツの学習パッケージで、渋谷区内のすべての中学校で利用可能です。探究とは何か、問いをどう立てるか、なぜ立てるのか。そこからどのように展開して結論を出していくのかという流れを、生徒が理解しやすい形で提供してくれています。
教員がゼロから全てを用意するのはかなり大変ですし、実際には中学校の9教科に加えて探究が新たに加わったと感じている先生も多い。そのため、こうした外部の教材やアプリを積極的に取り入れながら、先生たちの負担を減らしつつ、質の高い探究を実現できるようにしています。
探究学習で活用すると便利なツールをハードルなく使うために大事なことはありますか?
渋谷区で用意してくれているアプリはぜひ積極的に活用すべきだと思います。新しいツールはハードルが高く、使いこなすのが難しいと身構えてしまいがちですが、実際に使ってみると思ったよりずっと簡単で、むしろ作業が楽になったという声もよく聞きます。例えばCanvaもよく使うのですが、ワークシート作りにとても便利ですし、ホワイトボード機能も面白くて、自分の意見を付箋のように貼り付けていくことができるんですよね。
子どもたちが探究の「過程」や「社会とのつながり」を意識できるように工夫されていることがあればご共有ください。
私が探究コーディネーターとして全体の流れを調整している「共通テーマ」では、企業から提供された実際の課題を生徒が解決する「プロジェクト型学習」を実施しています。例えば、1年生を対象としたSDGsをテーマにした取り組みでは、まず外部講師を通じて「SDGsとは何か」「日常生活との関わり」といったところから入っていきます。
その後、生徒たちがSDGsの中から関心のある課題を選び、「もし自分なら、どんな解決策を提案するか」という視点で掘り下げていきます。チームごとに課題を分析し、具体的な解決策を考え、提案書を作成するというプロセスを踏んでいます。そこで完成した提案を実際に企業へ持ち込み、プレゼンテーションを行い、現場の社会人から直接フィードバックを受ける仕組みになっているんですね。
このような取り組みを通じて、生徒たちには「自分たちの考えが実際の社会とつながっている」という実感を持ってもらえるよう工夫しています。学校内だけで完結するのではなく、外部の専門家の意見を取り入れることで、よりリアルな学びの機会になりますし、こうした経験が生徒たちにとって最も価値ある学びとなることを願っています。
生徒たちがさまざまな方法で情報収集できるよう工夫されていることはありますか?
生徒たちには、「探究の方法は一つではない」ということを伝えています。これまでの「調べ学習」中心のアプローチだけでは不十分であることを理解してもらい、アンケートやインタビューなど多様な手法を体験してもらうようにしていますね。具体的には、まず自分なりの問いを立ててもらい、周囲の人に実際に質問したりアンケートを取ったりする活動を通じて、検索だけでは得られない新しい気づきや発見につながるように取り組んでいます。デジタルツールの発達によって、こうした活動も以前より行いやすくなり、探究活動のハードルが下がったと感じています。
また、国語ではマインドマップで思考を整理し、数学では統計知識を使ってアンケート結果を分析したりと、各教科で学んだ内容を探究活動で活用することで、学びが実社会とつながっていることを実感できるようにしています。
私たち教員は、単なる活動で終わらせないよう、常に「なぜこの方法を使うのか」という意味を生徒たちと共有することを心がけています。教科の学びと探究活動が自然につながるような指導を通じて、子どもたちがより深い学びを得られるように努めているんですね。
逆に、教員側が最初からガチガチに方向を決めてしまえば、生徒たちは「結局それって探究じゃない」と感じてしまいます。探究の中心にあるのは、自分の好きなことや興味・関心なので、あまり枠にはめすぎるのもよくないんです。
そのため私が意識しているのは、その活動が最終的に今年度の本校の探究テーマでもある「誰かへの貢献」につながっていくかどうかを大切にしています。そこさえ、きちんと押さえていれば、細かいことはあまり縛らなくてもいいんです。
地域連携についてはどのように進めているのでしょうか?
今年度は、11月に開催される「笹幡フェスティバル」という地域のお祭りに参加する予定です。このイベントに向けて地域の企業と連携し、生徒たちが出店にチャレンジします。「どうすれば売れるのか?」「商品を魅力的に見せるには?」といったことを考えながら、広告やSNS運用などのマーケティングの視点も学び、実際の売り買いを通して学びを深めていきます。
また、笹塚中学校には調布の田んぼに行って稲を植え、秋には収穫し、そのお米を卒業式の日に餅にしてみんなで食べるという年間行事があります。これまでは単発の稲作体験として行ってきましたが、今年からは探究の視点を取り入れ、日本のお米の現状や米作りをする背景を調べて、子どもたちが“自分ごと化”として捉えられるように工夫しました。
この 1 年間で先生自身のマインドに何か変化はありましたか。
自分自身も探究について深く学び直し、取り組んできたことで、「自分の評価」に対する意味づけがより明確になってきたように思います。これまでは「教科としての学び」という枠で考えていた部分も、今では社会につながる学びとして授業を捉えられるようになってきました。
以前はとにかく内容を教えて、子どもたちが暗記するというスタイルでした。でもそれだと、生徒たちは「何のために学んでいるんだろう?」という疑問を持ったまま大人になってしまう。一方で、探究を通じて「自分で見つけた課題」に対して、自分の足りない視点や考え方が結びつくので、学びの意味がぐっと深くなっていると実感しています。
特に、子どもたちが自分の意見を臆せずに、企業など学校外の人に向けて発信できるようになったのは本当に大きな経験です。もちろん、学校内の教員に対しては自分の意見を言うことは簡単ですが、まったく知らない第三者を前にして、自分の考えをしっかり伝えられるようになったというのは、探究学習の回数を重ねたからこそだと思っています。
さらに、探究を通じて外部の人との関わりが増え、今までの学校生活の中では出会えなかった人たちとのつながりが生まれたことも大きな収穫です。探究が出会いの場をつくり、子どもたちの夢や将来の選択肢を広げる可能性を持っていると思うと、そういう「きっかけを増やせたこと」が、本当に良かったと感じています。
先生同士の横の連携や情報共有する際に心がけている点があれば教えてください。
4月の始めに、全教員の意識を統一しようという目的で研修を実施しました。その後も継続して研修の機会を設け、全体で集まって共有する場を作っています。ただやはり、現場の先生たちの中には「探究に取り組む余裕なんてない」と感じる方もいます。探究が入る前から現場は忙しいのに、そこに新しく探究の取り組みが加わったことで、負担がさらに増えてしまった。
そう捉えるのは当然の感覚だと受け止めていますが、私は探究コーディネーターとして、同じ探究「シブヤ未来科」の研究チームのメンバーとともに、「先生たちが考える余裕がないなら、まずは自分たちが決めて動かしていく」と割り切っています。
仮にそれで失敗したとしても、その失敗から学べばいいわけですし、むしろ実際にやってみて見える課題こそが大事だと思うんですよ。そこから、今年1年は「まずやってみる」を合言葉に、各教科の先生たちと連携しながら、「どうやって実践に落とし込むか」を日々考えています。
最後に今後の展望を教えてください。
探究は渋谷区だけでなく、今後は全国の学校でも当たり前の取り組みになっていくと思っています。そう考えると、渋谷区がその最初のモデルになって、生徒たち自身が「私たちが一番初めにやった」という自信と誇りを持ってくれたら本当にうれしいなと感じています。そのうえで、大切にしたいのは先生自身も「やらされ探究」ではなくて、「自分がやりたい探究」をしてほしいということです。
ずっと私が思ってきた「教育と社会の接点」を生かせる教科として、探究は本当に良い機会だと思っています。だからこそ、みんなで協力して、教育そのものを一緒につくっていきたいですね。
さらに今年は地域との連携に加え、外部の教育関係者も招く予定です。特に、9月以降は私の母校である桜美林大学 教育探究科学群の大学生たちが定期的に来校し、子どもたちの探究活動のサポートを行ってくれます。彼らは探究学習を専門に学んでいる学生であり、子どもたちの問いの深め方やリサーチの進め方、発表内容のブラッシュアップなどを行っていく予定です。
このような連携を通して、生徒たちの学びがさらに深まるのを目指しています。
本記事で紹介させていただいた一部資料は、渋谷区の学校の皆さま向けに探究ポータルサイトの学校・教職員ユーザーページ「探究プラン」よりダウンロードいただけます。